やわらかテック

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【読書レビュー】「岩田さん 岩田聡はこんなことを話していた。」を読みました

どんな本なのか📚

タイトルにもある「岩田さん」とは、とある人物の実名です。
「岩田 聡」さんは皆さんがご存知の任天堂(Nintendo)の社長をされていた方で、我々がよく知る「Nintendo DS」や「Nintendo Wii」「カービィシリーズ」「スマッシュブラザース」など、数多くの名作をこの世に生み出しました。

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残念ながら、岩田さんは2015年に亡くなってしまいました。
しかし生前に岩田さんがお話しされていた数多くの言葉やエピソードを公開しないのは「もったいない!」という思いから「MOTHER2」のプロデューサーであり、生前、岩田さんと親密な関係であった糸井重里さんが、「ほぼ日刊イトイ新聞」と任天堂のウェブサイト「社長が訊く」という内容を元に、自身の体験と任天堂の元社長の宮本茂さんの言葉を加えて再構築された書籍です。

ずっと読もうと思っていた本で、偶然にも美品を安価で発見したので、衝動買いしました。

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各章の印象深い内容👓

なんと、リンク先のページにて書籍の半分の第3章まで無料で読めるそうです👀

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第1章: 岩田さんが社長になるまで

岩田さんが任天堂の社長になるまでの内容です。岩田さんは高校生の時に、ヒューレット・パッカード社のプログラム電卓「HP-67」を購入してスタートレックをテーマにゲームを開発し、そのゲームをヒューレット・パッカード社の代理店に送り「とんでもないプログラマーがいる!」と驚かせたそうです。高校時代で既にプログラマーとしてかなりハイレベルだったとは...すごい方です。

その後、HAL研究所プログラマーとして働いた後、任天堂の社長に就任されました。

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これがHP-67。電卓でプログラムを書くってどんな感じなんだ...??

第2章: 岩田さんのリーダーシップ

岩田さんはよく「自分たちが得意なことはなにか」ということを意識されていました。
自分たちが得意なことを考えて優先順位を決めていくことが非常に重要だと考えていたそうです。これはプロダクト開発においても同じことが言えます。適切に優先順位を定めていかないとプロダクトは破綻します。

「自分たちが得意なことはなにか」ということを基軸に優先順位を定めるというのは基本中の基本ですが、最も重要なことです。

またプロジェクトでは「自分がやっておきましょうか?」という様な当事者意識があるメンバーが多くいる場合に成功すると岩田さんは仰っています。当事者意識を持ってもらうためにも、岩田さんは「自分が出来ないことが出来る人を尊敬する」ということを大切にされていたそうです。

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この章で最も痺れたのは「面談では相手が答えやすいことから聞く」という事です。まずは相手をほぐして話しやすい状態にして、思ったことを話してもらえるようにしていたとのことです。

第3章: 岩田さんの個性

岩田さんは気になったことや疑問があると「なぜなのか」ということをひたすら追求する方だったそうで、会話中に突然、黙り数秒経った後に「さっきの事ですけど...」と話し始めることがあったそうです。それだけ1つの事に没頭出来るのは素直に羨ましいです。

また、岩田さんは「プログラマーはNOとは言っていけない」という持論を持っていらっしゃいました。これは「無理をしてでも絶対やれ!」という意味合いではなく、頭ごなしに「出来ない」と言うのではなく、実現できる方法を考えることが重要だということです。
実現できる方法があったとしても優先順位を決める必要があります。「〇〇という風にやれば出来るけど、他の開発が遅れる」という具体的な指針を出せるのがプロだと岩田さんはおっしゃっています。

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これについてはまさにその通りですね。出来る方法を考えるというのが我々の一番の仕事です。

第4章: 岩田さんが信じる人

岩田さんは任天堂の元社長である宮本茂さんのことを非常に尊敬しており「宮本ウォッチャー」と自称していたそうです。そんな宮本さんの持論である「アイディアとは複数の問題を一気に解決すること」という考えを大切にされていました。

またコンピューターに精通していた岩田さんは「コンピューターに出来ることはコンピューターにやらせる」という事を重要に考えており、多くのメンバーの仕事を仕組み化したり、制度化したりとやるべき仕事に専任してもらえるようにしていたそうです。

第5章: 岩田さんの目指すゲーム

Wiiのプロジェクトを進める中で、電源に繋げて、テレビに出力しなければいけないゲーム機をどのようにして日常に取り込んでもらえるかということを非常に重視されてそうです。その1つのアイディアとしてWiiの場合は「コントローラー」という単語を使わずに「リモコン」という単語から「Wiiリモコン」という名称が誕生したそうです。

リモコンという普段使いされるものの名前を付けたのは岩田さんで「日常使いしてもらうには...」という疑問に対する合理的な判断の結果だそうです。

またゲーマーというのはコアゲーマーとライトゲーマーの2つに大きく分類されるのですが、コアゲーマーも元を辿れば、みなライトゲーマーでした。なので新規のゲーマーを取り入れ続けることがゲームという業界で生き抜くためには必要になります。そのために脳トレやフィットネス、動物との触れ合いをゲームという体験に仕上げてきたそうです。

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第6章: 岩田さんを語る

宮田さんと糸井さんが岩田さんについて語っています。
岩田さんはとにかく怒らない人だったそうで、人の話を楽しそうに聞き、頭ごなしに否定をしなかったそうです。 常に視座が低く、弟役に徹していたそうで、岩田さんが多くの方に人格者と言われる理由が分かりました。

総評✋

岩田さんがどのように考えて、何を重要にしていたのかという事が余す事なく記載されていました。僕はプログラマーなので岩田さんをプログラマーとして尊敬していますし、プロジェクトリーダー、経営者としても素晴らしい方だったと思っています。

しかし、特別に難しい事はなく、シンプルなことを岩田さんは大切にされていました。ただ、このシンプルなことを大切にするのがとても難しいんですよね。岩田さんに少しでも近づけるように頑張っていこうと思います🙇‍♂️